Alain de Botton on Pessimism
何のcoincidenceか、ちょうど自省録を読んでいたタイミングでストア派哲学の話が出てきた。こっちはセネカだけど。
現代社会に蔓延っているOptimismの欠点
「opportunityは誰にでもある。 Everybody can do it.」みたいなoptimismは希望をもたらすけど、同時に人を羨み妬ませる欠点がある。
opportunityとかequalityとかいう楽観主義は、人と比較して十分にachieveしてないと感じさせてしまうかなりdepressingなstarting point。
I think it’s absolutely impossible to have a meritocracy. It’s completely crazy to imagine that we will ever reach a society where people will really deserve their success and totally deserve their failure. There are simply too many factors in anybody’s life.
「自分のハードワークのお陰で成功したんだ」「努力が足りないからホームレスになるんだ」みたいな考えがmeritocracyの産物。 視野が狭い生存者バイアスに踊らされてはいけない。
自分の成功は完全に自分でコントロールできると思ってはいけない。失敗にも成功にも他者や環境起因の運が少なからず介在する。
「不況のときにはある種の自殺率が下がる。なぜなら自分の外に明確な失敗の言い訳があるから。」というのも興味深い(ソースがないのでほんまか?とは思うものの納得感はあり)。
Pessimismのいいところ
「中世のインテリアデザインに倣って机に頭蓋骨を置いたら良い」というのが面白かった。
死を身近に考えることで何が大事で何がそうでないかを優先順位付けられる。 大抵死が迫ったとした時、他人からどう思われているとか仕事やキャリアがどうとかは大して重要ではなく、大切にしたい人についてのほうが重要だ。
Nietzsche believed that it’s in moments of darkness that we have our best insights into what we need in life.
The capacity to tolerate suffering, the capacity to be pessimistic comfortably to endure passages of pessimism is absolutely essential.
人生全体を考えた時に大して重要ではないことは意外と多く、そんなことに対して無意味に一喜一憂して疲弊しまっているのではと思う。
ストレスフルな社会をどうせ生きていくのだから、苦しむ価値のあるもののために生きよう。
“To live is to suffer, to survive is to find something worth suffering for”
- Nietzsche